デンマーク・日本いろいろ 第10号
「患者家族として体験したデンマークの病院医療と地域医療」
2017年10月
8月半ば、夜中に突然腹痛を訴えた夫。朝になっても痛みが止まらなかったため、すぐにデンマークの緊急医療コールセンター「1813番」に電話しました。
この緊急医療コールシステムは、2014年1月に首都圏地域に新設された新しい医療システムで、命に関わるような緊急度が高い場合は従来通り「112番」に電話して救急車出動を要請しますが、それ以外の急病や怪我の場合は、まずこのコールセンター「1813番」に電話し、それを受けた医療スタッフ(看護師と医師のチーム構成で、まず看護師が対応し、医師が二次的にサポートする)に状況を説明した上で、どのように対処すべきかの判断を仰ぐというものです。その判断は、@病院の救急科に行き検査・治療を受ける、A往診を受ける、B翌日担当家庭医クリニックが開くのを待って診察を受ける、Cその他の医療的アドバイスを受けて様子をみる等、状況により判断は多岐にわたります。以前は、各地域の家庭医たちが、勤務時間帯外の急患を当直制で対応していましたが、2014年以降はこの当直制が廃止され、1813システムに切り替わりました。
このシステムが導入された当初は、電話してもなかなか通じず、かなり長く待たされる等の問題がメディアで強く指摘されましたが、今回初めて夫が試みた時は、待たされることなくすぐに通じ、状況を説明した結果、地域の総合病院に出来るだけ早く出向くようにと言われました。その時点では、家族が車で搬送出来なかったため、コールセンターが救急車を手配してくれて、約10分後に到着し、搬送されました。病院の急患受け入れ部門での診察から約1時間後には短期胃腸・消化器科病棟に移り、ここで血液検査やいくつかの精密検査を受け、それらの検査から原因が絞れなかったため、翌日開腹手術を受けました。
手術後は胃腸・消化器外科病棟に移り、退院は結局2週間後になりました。 現在デンマークの公立総合病院における平均在院日数が3.38日にまで短縮されていることを思うと、比較的長い入院だったと言えるでしょう。その間私は、患者家族として毎日通院し、夫を見舞いましたが、患者に必要なことは(衣類の洗濯も含め)全て病院側がしてくれるので、家族がすべきことは病状を随時把握することと、患者の話し相手になることぐらいでした。デンマークの医療福祉を長年フォローしてきた私ですが、今回のように医療機関の内部事情をじっくり見せてもらう機会は滅多にありませんので、この時とばかり、患者家族としてだけでなく、職業的関心事である医師・看護師その他のスタッフ間の連携や、医療現場の労働環境、患者や家族への対応等を観察させてもらいました。
2週間にわたる観察でさまざまなことが見えて来ましたが、その中でも特に強く感じたことをいくつか挙げてみたいと思います。

<ポジティブに思ったこと>
  • 個人番号(CPRナンバー)制度が徹底しているため、患者の必要な情報がただちに電子データとして必要な機関(家庭医・コールセンター・病院など)に送られる。そして各患者のカルテは、sundhed.dkというポータルサイトから患者個人がログインすると、全て読むことが出来る。(完全情報公開)
  • 患者に対する日々のケアは、各患者のニーズにより異なるが、看護師や医師の患者への対応や口頭による状況説明は丁寧である。
  • ケア3原則(@自己決定、A継続性、B残存機能の活用)の特に@とAは、入院患者に対しても徹底しており、患者が自分で出来る事には、看護・介護スタッフは手を出さず、促して患者にさせる。
  • 看護師が傷口の手当などをする際、必ず電動ベッドの高さを調節して、腰に負担がかからない姿勢で行っており、やさしいトランスファー介助が医療現場でもかなり実践されていると感じた。

<問題だと感じたこと>
  • 入院から退院までの流れの中で、担当医や担当看護師が決まっておらず、毎日顔が変わるため、誰が患者の容態をよく把握しているのか家族には皆目わからず、戸惑うことが多かった。
  • 手術の具体的な経緯、病因、病状の変化等情報を医師から詳しく聞きたいと願う患者家族は多いと思うが、医師が多忙で所在がわからない場合が多いため、納得行く情報を得るためには、患者家族が積極的にアクションを取り、面会を申し出なければならない。コミュニケーションの取りにくさを痛感した。

デンマーク人は、「病院にいると病気になるから、一刻も早く家に帰りたい」とよく言います。入院10日過ぎ頃から、夫も早く帰りたいと言い出し、また出来るだけ早く退院させたい病院側の意向も強く感じられて、患者家族である私は、時期尚早の退院だけは困ると唱え続けました。ただデンマークでは、プロと当事者の意向が最優先され、家族の意向はどうも二の次になるようです。良くも悪くも、この辺が日本とかなり異なるところかもしれません。
退院時、病棟の主任医師が傷口手当を引き続き市の訪問看護師にしてもらう必要があると判断したため、病院は、直ちに私たちが住んでいる市の担当部署へ連絡手続きを取ってくれました。そして退院翌日には、早くも市の訪問看護師が我が家に来てくれて、傷口手当が始まりました。体力がかなり回復してからは、訪問看護チームが独自に開設しているクリニックに出向いて手当を続けてもらっています。さらに退院時には病院から患者の医療データが担当家庭医にも送られるので、その後の経過はすべて家庭医がフォローすることになり、抜糸もここでしてもらいました。
今回の夫の入院騒動を通じて、病院医療(二次医療)と地域医療(一次医療)の連携がしっかり出来ていることを実感しましたが、これと同様に、退院後に介護が必要な人には、市の在宅ケアチームが即対応してくれることになります。デンマークで病院の在院平均日数が3.38日まで短縮したのは、受け皿となる地域の一次医療や福祉サービスが機能しているからだと言えるでしょう。さらにデンマークに1968年に導入され、医療福祉分野においてもフルに活用されている個人番号システムが、必要な情報を迅速に伝達することを可能にしているのです。
そして何よりも、これら公的サービスを誰もが無償で受けられることのありがたみは、自分や家族がそれを必要とした時はじめて実感することが出来、高い税金を納めてきてやはり良かったと思えるようになるのです。