デンマーク・日本いろいろ 第54号
デンマークでは徴兵制度も男女平等
2026年07月
<一向に変わらない世界情勢>
6月中旬、アメリカ・イラン合意の覚書が出されてホルムズ海峡が再び開かれ、国際的な石油問題が改善に向かう兆しが多少見えたかに思えましたが、ここにきてまた、双方の攻撃が始まり、泥沼状況に逆戻りしています。 
また、7月上旬トルコの首都アンカラで開催されたNATO首脳会議では、トランプ米大統領は終始不機嫌な面持ちで、ヨーロッパ諸国がイラン攻撃等でアメリカを支援しなかったことへの不満を口にし、またデンマークの自治領グリーンランドに関しても、「グリーンランドはアメリカにとり大変重要な地域だが、デンマークにとっては何の意味も持たない所だ。」と豪語して、今年1月に突如切り出したグリーンランドの領有権要求を、ここでまた蒸し返す一幕がありました。 もちろん、会議に出席したデンマークの首相は、「グリーンランドは売り物ではありません。・・・NATO同盟国が、デンマークの主権を尊重し、これが実現することはないという事実を受け入れることを期待します。・・・デンマーク王国はNATO全土を防衛する用意もあります。」 ときっぱり返答しました。 
このように、世界情勢は、今もなお一向に改善される兆しを見せておらず、デンマークをはじめとするヨーロッパ諸国は、危機感を募らせるとともに、NATOおよびEUにおける結束力を一層強めるさまざまな努力がなされています。
<2024年の徴兵制度改正>
デンマーク政府は、2年ほど前から自己防衛のための軍事力強化を進めており、そのために必要な軍事費の大幅な拡大も、国民の賛成を得ておこなってきました。 この一連の流れの中で、2024年には徴兵制度改正にも踏み切り、2年後2026年から実施されることになりました。(関連記事は、2024年7月48号でも取り挙げています。) 
主な改正点は、
@これまで18歳以上の男子のみ対象であったが、今後は、18歳以上の女子も対象とする。 
Aこれまで徴兵期間が4か月であったが、これを11か月まで延長する。
の2点です。
この改正案が出た当初は、男女間では体力的な差があるので、徴兵制で全く対等にするのはどうだろうか?といった疑問を抱く人もいたのですが、ジェンダー平等意識の強いデンマークでは、「権利が平等なら、国防義務も平等であるべき」という考え方が世論の主流であると同時に、軍の仕事は、体力的なもの以外にもIT・ドローン操作・戦略・コミュニケーション・災害救助といった多岐分野にわたるので、性別は関係ないという意見も強く、法案は問題なく可決されました。 
ただ、今後対象となるティーンエイジャーの女子たちの中には、戦争・武器使用への抵抗や男社会だった軍隊に入ることへの不安などを抱えている人がいることは無視できません。 どうすればこれらの不安要素を解消できるかが、これまでの準備期間における国防省の課題の一つであったようです。
デンマークでは、すでに1998年から、18歳以上の若い女性が自由意志で志願すれば軍に入隊することが認められており、その数は年々増加傾向を示し、今では新規入隊者の約1/4が女性とまでいわれているので、若い女性には、積極派と消極派のどちらも存在しているようです。 これは、当然のことでしょう。
<デンマーク国王の第2子、イサベラ王女の決意>
そんな中、4月の日刊新聞に、デンマーク王室のイサベラ王女(19歳)が、今年8月から、新制度に従って11か月間の兵役に服することを決意したという記事が掲載され、大きなニュースとして取り挙げられました。 この報道を最も喜んだのは、国防省であったかもしれません。 というのは、プリンセスが一つのお手本となり、若い女性たちの軍に対する印象がよりポジティブなものになることが考えられるからです。
デンマーク王室メンバーが兵役に服する伝統は、1970年代にマルガレーテ2世女王から始まり、その後二人の息子(現在のフレデリック10世国王および弟のヨアキム王子)が、高校卒業後に士官学校などで長期訓練を受けたことから、本格的に定着したようです。
特にフレデリック国王は、陸・海・空軍すべての訓練を受け、海軍の特殊部隊(通称フロッグ部隊)での過酷な訓練を見事終了したことで知られています。 そして彼の長男クリスチャン王太子(次期王位継承者)も、高校を卒業した時点で軍に入隊し、現在も軍で教育を受けています。 
そして第2子であり王位継承順位2位のイサベラ王女は、6月に高校を無事卒業し、今つかの間の夏休みを満喫されているものと思いますが、8月からは、陸軍の近衛軽騎兵連隊に配属されることが決まっています。 この連隊は、主に王室の護衛や騎馬パレードなどの任務で知られていますが、現在は、装甲歩兵としての軍事任務もあるようです。 彼女の軍服姿を見るのを楽しみにしている市民も少なくないでしょう。
高校卒業試験最終日を家族と祝うイサベラ王女(中央) 左から父フレデリック国王、妹ヨセフィーネ王女、兄クリスチャン王太子、母メアリー王妃、弟ヴィンセント王子(出所:www.kongehuset.dk)
校長先生から卒業証書を受け取るイサベラ王女(出所:www.kongehuset.dk)
<徴兵制度のプロセスは?>
日本には徴兵制度が存在しないので、どのようなプロセスを経て徴兵を受けることになるかよく分からなかったため、昨年4か月間の徴兵任務を終えた21歳の初孫にヒアリングした上で、ネットでも調べてみました。 彼は制度改正前でしたが、制度改正後の大まかな流れは、以下のようになります。 
  • 2025年7月1日以降に18歳に達した男女は、当局からデジタル連絡を受け、「国防軍の日」(Forsvarets Dag)と呼ばれる催しに参加する。 これは、徴兵前の適性検査や面接を実施するためのプログラムで、全国主要5都市のセンターでおこなわれる。 
  • 対象者には、この連絡と同時にデジタル認識力テスト用紙も送られてくるので、このテストを各自事前に終えておく。
  • 「国防軍の日」には、まず徴兵制度に関する概要説明があり、その後、聴覚・視覚検査、身体検査を受け、その後担当医から検査結果が発表される。 
  • 「適性」または「制限付き適性」の診断を受けた人は、抽選番号を引く。 抽選番号は、@免除される番号(frinummer)とAもしかすると徴兵招集を受けるかもしれない番号(måskenummer) の2種類で、前者は徴兵を受けることが免除されるが、この番号を引いた人は、自らの自由意志で徴兵任務を希望することができる。 そして後者は、徴兵希望者数が、国防軍の希望定員数に満たない場合に召集されることを意味する。 ただし現時点では、自由意志で徴兵を受ける人が、国防軍の希望定員数の99%を占めているので、後者の番号を引いた人が招集される可能性はゼロに近いとのこと。
  • 徴兵を受けることが決まった人は、どの職域分野・部隊で勤務したいか、いつ任務を開始したいかの希望を伝える。分野・部隊により定員枠や年間計画が異なるため、それらをマッチングさせた上で、開始期日・所属兵営・勤務/教育/訓練内容などが最終的に決められる。 なお徴兵期間中は、給与が支給され、公共交通無料利用などの恩恵も受けられる。
今のところ徴兵定員数は6500名ですが、政府は、これを13.000名まで増強したい計画を持っているようです。 今後の国際情勢を見極めながら、そして民意に耳を傾かせながら、決めていくことになるでしょう。
21歳の初孫は、海軍を志願し、最後の1か月間は軍の巡視船乗組員として、グリーンランド海域での任務にあたったのですが、非常に貴重な経験を積み、一回り大きくなったような気がすると語ってくれました。 次は、18歳になる2人の孫娘に順番が回ってきます。 彼女たちが、11か月間の徴兵をどう受け止め、どのようなアクションを取るかは、まだ聞いていないのでわかりません。 近々彼女たちと、このテーマについて話し合ってみたいと思っている今日この頃です。