<AグループとBグループ?>
デンマークでは、20年以上前から、特に当時のシニアたちが、「私たちは絶対にBグループには入りたくない。どうしてもAグループに属したいから、とにかく一生懸命努力しているんです!」と話しているのをよく耳にしました。
人びとをAとBグループに分ける? これは早寝早起きグループ(A)と遅寝遅起きグループ(B)のことか、と思いきや、実は、デンマークでは、30年ほど前から本格的に進められたデジタル化社会に身を置き、その波に乗れている人たちのことをA、何らかの理由で乗ることが困難あるいは無理な人たちをBグループに属する人と捉えるようになっています。
その頃からパソコンやタブレットを学校や職場で常日頃活用してきた世代の人たちは、インターネットへのアクセスの仕方、アプリの活用法、交信などを難なくこなすことができ、これにスマートフォンが加わっても、違和感なく、多くの機能を駆使して日々の生活に利用しているので、当然Aグループに属していることになります。しかし、パソコンやスマートフォンの経験が浅い、もしくは未経験のシニアにとっては、急速なデジタル化の波に乗れるか否かは、ある意味、死活問題であったわけで、各自治体に設置されているシニア市民のためのアクティビティーセンターなどでは、コンピューター教室が一番人気で、一生懸命勉強するシニアで溢れていました。 (デンマークのデジタル化に関しては、2020年10月29号「
日本にハンコ・レス社会は到来するか?デジタル社会に思うこと」でかなり詳しく触れていますので、ご参照ください。)
<さらに進むデジタル化>
そこでもご紹介した国連が隔年発表しているE-government Survey(公的機関におけるデジタル化調査)の2024年調査結果をみますと、193ヵ国中デンマークは相変わらず1位の座を保ち、2位エストニア、3位シンガポール、4位韓国、5位アイスランド、6位サウジアラビア、7位英国、8位オーストラリア、9位フィンランド、10位オランダと続き、日本は13位でした。
前回の記事から5年が経過した今、日本ははたしてハンコ・レス社会になったのでしょうか? ご高齢のお母様が居住型有料老人ホームに入居されたばかりの友人の話を聞くと、入居や介護サービスを受けるために必要なさまざまな契約書はすべて紙で、押印が必要だったとのこと。どうもハンコ・レス社会到来は、まだしばらく先のような気配です。ただ、日本では、昨年12月から国民健康保険証とマイナンバーカードが一体化されたとのことなので、今後は、特に医療分野でのデジタル化が、進むことになるかもしれません。
今日は、最近私が実体験したデンマークの医療分野におけるデジタルシステムについてご紹介したいと思います。
<家庭医から病院での検査までのプロセス>
数か月前、かなり仕事を詰めてしていた時期に、胸の圧迫を感じてしばらく横になって休養したことが2度ありました。このことを定期健診の折に家庭医に話したところ、医師から「そのような時は、すぐ救急車を呼ばなければいけません!」と注意され、加えて、病院での検査を勧められました。家庭医の忠告に従い、私は早速検査を受けることにしましたが、それからの流れを時系列で書いてみると、以下のようになります。
- 家庭医から、帰宅後に”Min sundhedsplatform”(私の健康プラットフォーム)にログインして、まず血液検査+心電図測定をどこの病院でするかを自分で決めてアポを取るように指示されたので、その通り、パソコンに入れてある健康プラットフォームのアプリにログインしました。ただログインするには、“MitID”(私のID、数年前まではNemID)が必要で、その欄に私のユーザーIDを書き込み、「次へ」をクリックします。同時にスマホに入れてあるMitIDのアプリを開いて暗証番号を入力すると、QRコードが現れ、パソコン上のプラットフォームにもQRコードが出るので、スマホのQRコードをここにかざすと、自分の健康プラットフォームに入ることができます。
- プラットフォームには、家庭医が既に入力してくれていた血液検査・心電図測定の欄があり、ここに入って、自分が希望する病院をクリックすると、その病院の検査可能日時一覧表が表れ、この中から希望日時を選んでクリックすると、予約が完了します。
- 検査2日前、スマホにあるSMS機能に、NemSMS(公的機関から各市民への予約確認通知)が届きます。ここには予約日時と病院名/棟名およびキャンセルや変更が必要になった場合の連絡電話番号が記載されています。この時点で、再度自分の健康プラットフォームに入って予約確認をクリックすることが推奨されていますが、万一これを忘れても、問題ないようです。
- 当日病院に行き、検査受付まで行くと、スタッフにパーソナルナンバー入り健康保険証(Sundhedskort)を提示する場合もありますが、殆どの受付の横には来訪通知用の機械があるので、ここに保険証をかざすかナンバーを入力すると自動的に受付が完了します。あとは待合室で名前(いつもファーストネーム)が呼ばれるまで待機です。(病院での外来検査はすべて予約制で、このようなプロセスを踏むため、ほとんど待ち時間はありません。) また血液検査などの場合は、30分も経たないうちに自分のプラットフォームに検査数値が表示され、結果を素早く知ることができます。これを初めて経験した私は、このスピードにビックリ。
- 今回私は、上記検査を皮切りに、心臓部超音波、その後CT-スキャン、さらに肺機能検査と心臓部PET-CTを同様のデジタル通信プロセスを繰り返しながら受けました。またCT-スキャン検査後には、心臓専門医から医学的診断や薬の処方に関する電話連絡があり、近くの薬局ですぐ処方薬を入手することができました。(医師が電子処方箋を手配した直後から、どこの薬局でも入手可能。薬剤師が保険証のバーコードを読み取り、スクリーン上で処方箋を確認します。)
- PET-CT検査7週間後に、同じ病院で再度血液検査をしてから循環器内科でコントロールを受けました。これは、これまでの検査結果を踏まえて、専門医が患者に最終診断を伝えるためのもので、私はここで初めて、専門医と面と向き合って話し合うことができました。
左:検査を受けたヘアレウ総合病院 右:外来検査受付に設置された来訪通知用の機械
以上長くなりましたが、これが、今回体験した病院検査プロセスです。一度だけ、心臓専門医から電話が入りましたが、あとはすべてデジタルで事が運んだわけです。ある程度予想はしていたものの、これほど医療分野でデジタルシステムによる効率化が進んでいるとは思っていなかったので、「凄い!」と感服したと同時に、「万一私がこのデジタルプロセスにうまく乗れなかったら、どうなっていただろう・・・」という一抹の不安も頭をよぎりました。
そんな折、ある日刊新聞に、「救急外来を訪れる2人に1人が、デジタル文盲者」というショッキングなタイトルの記事が掲載されました。これは、今年6月に“Emergency Medicine Journal”という医学専門誌に掲載されたNordsjællands Hospital(デンマークの大規模総合病院の一つ)の緊急外来の主任医師等による調査レポートを紹介するもので、タイトル同様、その調査内容もかなりショッキングなものでした。
2023年に同病院の緊急外来を訪れ、その結果入院した468名の患者(さまざまな疾患だが、容態は安定)が調査対象者で、その内203名(43%)がデジタル操作能力の低い人であった。このグループに属する人の52%はスマホ所持者だが、SMS送信が自在にできる人は29%で、アプリを開けられる人は21%、さらに自力でデジタルプラットフォームに入って操作できる人は3%に過ぎなかった。
「医療関係者は、市民がアプリをダンロードしたり、MitIDでログインし、健康プラットフォームで検査結果を読んだり、自分の家庭医と電子コミュニケーションできるのがあたりまえと思っているふしがありますが、今回の調査で、高齢者に限らず、最も医療サービスを必要としていると考えられる持病を抱えているような脆弱な患者さんが、これらの操作が非常に困難なグループであることが判明しました。電子セルフサービスが今後さらに進めば、既存の{格差}がますます拡大する危険性があります。」と、同調査の代表主任医師Jesper Juul Larsen氏は警告します。
デンマークの医療関係当局は、持続可能な医療システムにとり、さらなるデジタル化・効率化は必要と考える一方、デジタル化が、この国が目指す{だれにも平等な公的医療サービス}の足かせになってはいけない、むしろ平等なサービスを促進するものでなければならない、とも考えているようです。
この問題を国や行政、そして医療関係者がどう改善していくのか、これからも見守っていきたいと思います。それにしても、もし日本の医療がデンマークのようなデジタルシステムになったとしたら、どれだけの人がBグループに属することになるのでしょう。考えれば考えるほど、何を良しとすればよいか、わからなくなります。