デンマーク・日本いろいろ 第37号
「一難去ってまた一難」ロシアによるウクライナ侵攻とデンマーク
2022年3月
2月下旬、日本政府はコロナ水際対策の大幅な規制緩和に踏み切りました。これにより、「水際対策上特に対応すべき変異株に対する指定国・地域」とみなされていた国々の多くが指定国から外されました。デンマークもその中の一国。デンマーク在住の日本国籍者は、@入国前後2回のPCR検査結果が陰性で、A3回ワクチン接種者である場合は、3月から、ホテル隔離や自宅待機せずに日本に一時帰国できるようになりました。帰国を2回延期せざるを得なかった著者は、ようやく訪れたチャンスに胸はずませ、日本行きを決め、エアチケットを購入しようとしていました。
ところがその矢先、ウクライナ国境付近で軍事演習をしていたロシア軍が、ついにウクライナ侵攻を開始したというニュースが飛び込んできました。「まさか、そこまでするとは!」と誰もが思ったことでしょう。しかし悲しいかな、戦争が再び現実となりました。プーチン大統領は、冬季オリンピック終了後、短期間でウクライナを制圧できると思っていたのでしょうか。しかしその目測は外れ、EUやNATO加盟国を主軸とする西側諸国からのウクライナ支援とロシアに対する厳しい経済制裁が即刻実施され、世界中の人々が不安を募らせる中、状況は刻一刻と悪化し、先行きが見えないまま泥沼化していく様相を呈しています。
そんな状況下、デンマークで一体何が起こっているかをお知らせしたいと思います。まず、東欧諸国やデンマークを含む北欧諸国は、ウクライナと陸続きの近隣国。現在ウクライナと国境を接するポーランド・ハンガリー・ルーマニア・モルドバなどの諸国にウクライナから多数の人々が避難してきています。その数は3月13日現在で280万人に及び、すでにこれらの国々では受け入れ限界レベルにまで達しており、他の近隣諸国での避難民受け入れニーズが一段と高まっています。
デンマーク政府は、ウクライナ侵攻が始まった直後に、「ウクライナ難民特別法」を制定することを決定しました。これは、今回のウクライナ侵攻により避難を余儀なくされたウクライナ人が、査証その他煩雑な手続きなしに入国が認められ、難民申請により生活が保障され、当事者が一次滞在場所を自由に決めること、希望すれば仕事に就くことや子どもたちが教育を受けることも可能にする法律です。
全国の地方自治体は、これに対応すべく、閉鎖された施設などを急ピッチで避難民のための仮住居に改装したり、一般家庭の受け入れ先を探したり、学校の受け入れ準備も着々と進めています。また多くの市民ボランティアによるさまざまな形式の支援キャンペーンが全国規模で広がっています。コロナ禍のロックダウン時に見せたデンマーク社会の結束が、またここで、息を吹き返したようです。
デンマークは、第二次世界大戦でナチスドイツに5年間(1940〜45年)占領されましたが、終戦直前、バルト海に浮かぶデンマーク領土のボーンホルム島に、ソビエト軍が「平和維持」を口実に侵攻し、返還に2年掛かったという苦い経験を味わっています。このような歴史的背景も、ウクライナ人への並々ならぬシンパシーに繋がっているのかもしれません。
EU・NATOの加盟国であるデンマークは、EUとしての経済制裁に加え、NATOとしての軍事支援も武器・軍事機器等提供という形でおこなうことになっています。ただ、過去30年以上にわたり国防費を削減してきたため、正直なところ、デンマークには、万一戦争が勃発した場合の国防軍事装備が充足しているとはいえません。そしてNATOが目標値として掲げている「GNP(国民総生産)の2%以上の軍事費」には達していません。
しかしここに来て、危機感を募らせた政府は、主要4政党と協議した結果、軍事費引き上げの合意にこぎつけ、これを国民に問うための国民投票が、6月に実施されることになりました。たった2週間のうちに、デンマーク政府は、重大な決断を次々と下し、実行へと移してきています。今回のウクライナ侵攻が引き金となり、ヨーロッパ大陸が再び戦争に巻き込まれる危険性が高まったことを、デンマークはもとより、ヨーロッパ諸国は切実に感じているのです。
このような状況の中、3月12日(土)の夜、デンマークの2大テレビ局と18の慈善団体が連携して、ウクライナ支援のためのチャリティーコンサートをコペンハーゲン市庁舎前広場で開催しました。この様子は、2つのテレビ局で実況中継されたほか、地方大都市の広場に設置されたメガスクリーンにも映し出され、多くのデンマーク人がこの大規模イベントをフォローしました。そしてコンサートには、多数の著名歌手がボランティア出演し、その合間には、ウクライナ国内や隣接国での避難民受け入れ状況のレポや、ウクライナ市民の直接の声、デンマークでの避難民受け入れ準備の様子などが伝えられました。
チャリティーコンサートのテレビ画像
このイベント最大の目的は、寄付金を募ること。放送中には画面下に電子支払い先が明記され、だれでも自分のスマホから寄付したい金額を簡単に送金できます。私たち夫婦も、各自のスマホから送金しました。そして多額(1万クローネ≒17万円以上)の寄付をした企業・団体・個人の場合は、送金主の名称と金額が、随時テロップで流れる仕組みです。コンサートが終了した時点で発表された寄付金集計額は28億円を超え、皆が歓声を上げて喜びました。一人一人の力は限られても、団結すればこれだけのことができるという達成感がそうさせたのでしょう。そしてその仲間の一人になったことを、誰もが誇りに思ったに違いありません。ちなみに、市庁舎前広場には約3万人が集まったとのことです。
デンマークの女王陛下と皇太子ご夫妻は、このチャリティーコンサートに、1700万円寄付されました。そしてそれと同時に、女王陛下からは、現在のウクライナ状況を憂い一日も早い解決を祈る公式文書が、デンマーク語とウクライナ語で発表されました。
女王陛下の公式文書(デンマーク語)
女王陛下の公式文書(ウクライナ語)
2月24日にウクライナ侵攻が始まってから20日間にデンマーク国内で集められた民間からの義援金は、延べ160億円に達したというニュースが、ラジオから流れました。この額は、今後さらに増え続けることでしょう。