デンマーク・日本いろいろ 第25号
新型コロナウイルスがデンマークにも上陸。2週間後に国境閉鎖へ!
2020年3月
日本のメディアで新型コロナウイルス感染問題が騒がれはじめ、豪華客船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に停泊した直後の2月上旬、私は所用のため一時帰国しました。出発前から「マスクや消毒液の品不足」を聞いていたので、消毒液をたっぷり購入し、自宅にあった数枚のマスクとともに持参しました。
それからの1ヶ月間、日本では日々増え続ける感染者数、ダイヤモンドプリンセス号の乗客・乗務員に対する政府の隔離対策、ウイルス検査体制などに対する社会不安などが日々メディアで取り上げられ、日本政府はテレワークや時差出勤、大規模イベントや会合の自粛などを推奨。さらに感染抑制の一手段として、すべての小中高等学校が2週間閉鎖に。町を歩く大半の人がマスク姿。大小さまざまなイベントや会合は次々とキャンセル/延期/観客ゼロへ。そして2月下旬にはトイレットペーパーなどの買い占め現象まで発生。日本全土がざわざわとした雰囲気に包まれる中、恐る恐る飛行機に乗ってデンマークに戻りました。
帰宅して一安心したのも束の間、その前日にデンマークで一人目の感染者(北イタリアでのスキー旅行帰り)が報告され、それからは日々感染者数が急増し、2週間も経たないうちにその数は800名を超えるまでになりました。時期を同じくして、WHOはコロナウイルス感染がパンデミック状態になり、エピセンターがヨーロッパに移ったと発表。刻一刻と危機感が募る中、デンマークの女性首相メテ・フレデリクセン(42歳)は、3月11日に保健大臣、保健局長、警視庁長官などとともに全国民に向けて緊急記者会見をおこないました。
出所:Ritzau Scanpix, Martin Sylvest, 日刊新聞Jyllands-Postenに掲載
首相はこの記者会見で、次のようなことを訴えました。
  • デンマークにおけるコロナウイルス感染状況は、このままでいくと中国やイタリアのような最悪のシナリオになる危険性があり、現在の医療システムでまかなえ切れなくなる恐れがある。非常に深刻な問題なので、甘く考えないでほしい。
  • この非常時に感染予防と抑制を一層強化し、国の医療システムを今後もフルに機能させるために、政府は緊急の特別措置を取ることにした。
  • デンマークは民主主義の国で、皆が手を取り合って福祉国家を築いてきた伝統がある。今は互いの手を握ることは一時控え、でも精神的には今まで以上に協力し合って、この国家の危機的状況を乗り切るために力を貸してほしい。
  • 首相からの具体的なアピールの主な内容は、次のようなものでした。
    1. 感染問題に直接関係する医療機関等をのぞくすべての公的機関のオフィスワークを今後2週間自宅でのテレワークに切り替える。
    2. 今後2週間、全国すべての教育機関(小中高および大学)・保育施設を閉鎖し、自宅学習・保育に切り替える。
    3. 100人以上の集会や催しの禁止(キャンセル/延期/観客無し実施)
    4. 公共交通機関を利用する際に人接触を極力避け、時差出勤に努める。
    5. 全市民が手洗い・消毒・うがいなど日々の衛生管理を徹底させる。マスク着用は、効果が実証されていないため必要性は薄い。
    6. 高齢者および疾患者や障碍者などへのさらなる配慮を徹底する。
    7. 民間企業も可能な限りオフィスワークを自宅テレワークに切り替える。
  • 今回の対策は、学識者からの事前アドバイスや国会に議席を持つ全政党党首との事前合意に基づくものである。
  • 状況は刻々と変化するので、これからも補足・追加指示が出されるだろう。
  • 医療・介護・保安・交通・物資輸送等々、この危機的状況を乗り切るために必要不可欠な任務にあたる人たちに対し、心から感謝の意を表する。
この記者会見は、言ってみれば国家非常事態宣言であり、民主主義社会を誇るデンマークの首相からの発言とは、平時ならとても考えられない前代未聞の衝撃的な内容です。でも今のデンマークは、平時ではない! 2週間前には想像もしなかった事態に私たちが直面していることを強く認識させられた会見でした。
この首相からのアピールに対する反応ですが、与野党こぞって賛同、メディアや専門家・学識者も首相/政府の勇断を高く評価、行政機関や教育機関も粛々と準備開始、また女王陛下も、4月に予定されていた80歳誕生日を祝うすべての祝賀行事をキャンセルすることを発表され、さらに国民に向けて、忍耐と協力精神で臨んでほしいとコメントを出され、政府の方針に全面的に賛同する意を示されました。そして私たち大半の一般市民も、首相のアピールを真摯に受け止め、非日常的な生活環境下でも冷静に行動することを誓い合ったのです。
とはいうものの、市民の中には、首相の記者会見直後にスーパーに駆け込み、トイレットペーパーその他の紙製品、小麦粉とイースト菌(自宅でパンを焼くため)、缶詰などを大量に買い占める人たちもいました。翌日午前中のスーパーでも同じ現象が見られましたが、買い占めになびかなかった多くの市民やメディアから強い批判の声が出て、早くも2日後この現象は静まりました。
フレデリクセン首相およびデンマーク政府は、翌12日、コロナウイルス感染抑制のための特別法案を国会に提出し、議員全員一致で可決されました。これにより、政府(特に保健大臣)は、平時では到底考えられないような執行権限を持つことになりましたが、この特別法は一年間の期限限定法(2021年3月1日失効)なので、一般市民も納得しています。
出所:3月13日付週刊新聞Søndagsavisenの一面
コロナウイルスに変化したデンマーク国旗、大きな見出しは非常事態
そして翌13日、フレデリクセン首相は再び緊急記者会見を開き、今度は法務大臣・外務大臣・警視庁長官が同席して、14日正午以降、物資輸送をのぞく陸路・空路・海路すべての国境を閉鎖すると発表しました。具体的には、デンマーク国籍者・デンマーク居住者・デンマークで働いている人・納得できる重要な要件で入国が認められた人以外のすべての人のデンマーク入国が禁止され、海外にいるデンマーク人旅行者や一時滞在者は出来るだけ早く帰国してほしいという内容です。つまり国が一時的(4月13日までの1ヶ月間)に閉鎖されることになったわけです。これにはさすがに多くの人がショックを受けましたが、「非常事態なのだから、これも仕方ない。」という受け止め方が大勢だったようです。
まだ続きます。さらに2日後の15日(日)正午、首相は3回目の緊急記者会見を開きました。この時は、産業大臣や労働市場の雇用者団体代表と労働組合代表が同席しましたが、通知内容は、今後コロナ問題により経営が困難になり、30%以上(または50人以上)の従業員解雇を余儀なくされる可能性のある企業に対し、解雇せずに自宅待機とする場合の給与100%支給の内75〜90%(ただしmax.23,000クローネ≒37万円)は国が保証するというものです(3月9日〜6月9日の期限付き)。この措置は、前日猛スピードでおこなわれた政府・雇用者組織・労働者組合(LO)の三者協議の合意に基づくもので、これは各産業界・労働組合そして一般市民からも、必要かつ適切な対策だとして大いに歓迎されたのでした。
コロナウイルス感染問題は、総人口が580万人の小国デンマークに、これまでの常識をくつがえすような非常事態と活動制限をもたらしましたが、政府が必要性を必死に力説しても、数々の対策が実行されなければ意味がありません。なぜデンマークではこれが可能なのか、そして社会全体が一丸となって乗り切る(乗り切ろうと努力する)ことが可能なのかについて考えてみました。
出所:3月16日付日刊新聞Berlingskeに掲載された風刺画 Jens Hage作
容器に書かれたテキスト:デンマーク − 立ち入り禁止!
左側テキスト:「遅すぎ・少なすぎより早すぎ・多すぎのほうがましだよね!」
右側テキスト:「メテママが僕たちを守ってくれるさ!」
(メテママ=メテ・フレデリクセン首相)
  • なぜすべての公的機関(市役所など地方行政機関も含む)のオフィスワークを自宅テレワークに切り替えられるのか。
    1. デンマークではすでに、公共機関・民間企業を問わず、フレックスタイムやペーパーレス(完全デジタル化)が普及しており、一定期間オフィスワークを遠隔デジタル業務に切り替える土壌がある。
    2. マイナンバー制が徹底しており、公共サービス業務の効率化が実現している。
    3. 基本的に市民は誰でも、デジタルポータルを通じて公的機関と交信できる。
  • なぜ大学を含むすべての教育機関で在宅学習が可能なのか。
    1. 教育の場でもデジタル化が普及しており、児童/学生全員がタブレットかパソコンを所持し、これを活用した一定期間の遠距離学習が可能。
    2. 保護者の多くが在宅勤務となり、児童の安全が保障される。
    3. 保護者の勤務体制により、児童の在宅学習が困難な場合は、各地方自治体の受け入れシステムが利用できる。
  • なぜすべての保育機関を閉鎖できるのか。
    1. デンマークは共働きが当たり前の社会で保育施設の利用率は非常に高いが、ここでも、今回少なくとも保護者の一人が在宅勤務になるケースが多いため問題が生じない。父親も家事・育児に慣れているので問題なし!
    2. どうしても保護者が在宅勤務を取れない場合は、各地方自治体の支援システムやボランティアによるベビーシッター支援を利用できる。
  • なぜすべての医療機関が、政府の要望に応え一斉に緊急体制を敷けるのか。
    1. デンマークの医療・福祉サービスは基本的にすべて公的サービスなので、統一体制を取りやすい。
  • なぜ1日にして労使間合意が結ばれたのか。
    1. デンマークには百年以上前からの労使協定の歴史があり、労使間の信頼・協力関係がすでに構築されている。
    2. デンマークの労働市場にみられる柔軟性や労使相互信頼関係は、総じて「デンマークモデル」と呼ばれている。
これらさまざまな要素が重なり合って、今回の非常事態宣言内容は「実行可能だ」と誰もが考えていますが、その背景には、デンマークが長年築いてきた網目の細かい社会保障制度、個人の自由と自立を重んじる気風、「ソリダリティー」とデンマーク人が呼んでいる連帯精神が今なおこの国に存在していること、そして政治や行政に対する国民の信頼度が高いことが挙げられます。
まだこの試練は始まったばかり。果たしてデンマークがこの国難を乗り切れるか、あるいは乗り切れないか、誰にもわかりません。ただ国中が問題解決のために団結して立ち向かおうとする意気込みは、ひしひしと感じ取ることができ、それだけでも勇気づけられます。
一回目の非常事態宣言が出た直後、赤十字社には、隔離状態にある住民や外出困難な高齢者や保育問題を抱える家族などのために、買い物・犬の散歩・ベビーシッターなどのボランティア支援をしたいという市民からの申し出が殺到し、その数は1日で2000人を超えたそうです。 
「マスクをしている東洋人は怪しまれる恐れがあるので、着用は控えた方が良い。」という日本大使館からの忠告もあり、日本から多数持ち帰ったマスクは、次回来日まで、当分クローゼットの中で休眠です。