デンマーク・日本いろいろ 第8号
「若者の教育と就職」
2017年4月
日本の4月は、桜の開花宣言に始まり、学校では入学式や新学期スタート、企業では入社式や人事異動後の新年度スタートと、多くの人々にとり、人生の大きな節目やリニューアルの時期です。そして日本のテレビニュースでは、毎年この時期になると、さまざまなスタートの様子が報道されますが、中でも特に印象的な映像は、大企業の社長が何百人という大勢の新入社員を前にして訓示を述べる光景ではないでしょうか。この光景は、日本以外の国、少なくとも欧米諸国では見られませんので、多くの外国人には、別世界の出来事のように映るようです。
今年度4月から始まったNHKの朝ドラでは、半世紀ほど前の高度成長期に高卒で東京へ集団就職する一人の若者の人生を扱っていますが、当時は、中卒、高卒、大卒の若者たちが、働き手として一斉に労働市場に参入することは、ごく自然な流れのように思われたものです。しかしあれから半世紀が経過し、日本の社会構造や経済状況は大きく変化しました。そしてそれに伴い、人々の生き方や働き方に対する考え方もかなり変わって来たはずです。特に半世紀前の高度成長期を知らない現代の若者たちの価値観は、新人類などという言葉があるように、大きく変わったのではないでしょうか。そして、日本独特と言われた終身雇用の概念は、すでに過去のものになりつつあると思っていたのですが、学生時代から就職活動をしている背広姿の学生や、入社式に参列する新卒社員の姿などを見ていますと、日本の若者の就職事情、さらには日本人の働き方や職場文化の基盤は、もしかすると、半世紀前とさほど変わっていないかもしれないと感じることも度々あり、このギャップが不思議に思えてなりません。
世の中には資格がなければ就けない仕事も多々あり、そのような仕事を目指して勉強し、資格を取った若者は、学業と仕事が直結しています。しかし日本の多くの企業は、新たな人材を求める際、新年度から何人採用したいというように、労働力をまずマス(量)として捉え、応募してきた若者が何を勉強して来たか、どんな資格を持っているかということより、むしろ、どんな性格で、企業にとり有能な働き手になるポテンシャルがあるかといった側面を重視しているように思われます。そのため、物理学、政治学、文学、歴史、哲学などさまざまな学問を大学で専攻して来た学生も、いったん一般企業に就職すればサラリーマンやOLとなり、配属部署や仕事内容は入社後に会社が決めるのが日本では当たり前になっています。このようなケースでは、教育が仕事に直結しているとは言えません。このミスマッチ現象を全く問題なしと見るか、人的資源を活かし切れていないと捉えるか、意見が分かれるところでしょう。
ではデンマークでは、若者の教育と就職は、どのような流れになっているのでしょうか。デンマークは日本と同じように自由主義の国ですので、教育も、仕事も、個人が自由に選択します。多くの若者にとって最初の選択は、早くも義務教育終了時(15歳頃)にやって来ます。それは、どんな中等教育に進むかという選択です。
デンマークの中等教育は、職業専門学校コースとギムナジウム(日本の高校に相当)コースの2つに大別され、職業専門学校コースには、介護・保育など福祉分野で働くための資格専門教育から大工・機械工などの技術専門教育、レストラン・ホテルなどのサービス業専門教育というように、多岐にわたる資格教育が設けられています。教育内容や修了過程は各々かなり異なりますが、共通しているのは、カリキュラムに学校での理論と職場での実習が交互に組み入れられていることで、卒業生=有資格者は、就職先が見つかり次第、すぐに自分の資格を活かした仕事に就くことが出来ます。
一方3年制のギムナジウムは、資格教育ではなく、高等教育に進学するための一般教養を学ぶ場と考えられています。個々の学生は、自分が将来進みたい道(=仕事)をある程度想定して、それに見合う科目やレベルをかなり自由に選択出来るようになっており、最終的には国家試験を受けて合格しなければ卒業証書はもらえません。この国家試験の成績次第で、自分が希望する高等教育機関の専門課程に進学出来るかどうかが決まります(日本のような受験制度はありません)。ただし、高等教育機関に進学する道には、ギムナジウムの卒業国家試験の成績を重視してもらう枠と、社会経験や適性度を重視してもらう枠の2通りあるので、若者は、そのどちらか自分に有利な枠で申請することが出来るようになっています。しばらくアルバイトをして社会経験を積むのもよし、海外旅行に出かけるもよし、全寮制の国民高等学校で自分の将来を考えるもよし、なにも卒業後すぐに進学するだけが選択肢ではないのです。
そして高等教育も、いわゆる総合大学だけでなく、単科大学(工学、農学、ビジネスなど)や職業専門高等学校(看護、作業療法、理学療法など)多岐にわたり、修了までの年数は、短期(2年)から長期(6年)まで専門分野により異なります。その上、いかなる専門教育でも、必要数の単位が取れなければ卒業出来ませんので、入ることより出ることの方が難しいと言えるかもしれません。そしてデンマークの高等教育機関は国立ですので、基本的には、卒業=資格取得となります。(ただし、例えば法学部卒業生が弁護士の資格を取得するには、さらに3年間の職場実習と国家認定が必要というような例外もあります。)
ではデンマークの若者は、いつ就職活動をするのでしょうか。ここが日本と大きく異なるところなのですが、就活は、卒業して資格を取得してからが基本です。そしてどんな職場でも、人材を求める時は、そのポストに必要な資格や条件等を明示した上で公募し、集まった希望者の中から最適任者を選考して決めるのが一般的です。つまり新卒の若者は、すでにその時点から、業務経験ある先輩社会人と肩を並べて就職戦線に臨まなければなりません。これは若者にとってかなり厳しい試練で、必ずしも卒業後すぐに希望する職に就けるとは限りませんが、とにかく地道に、就職先が見つかるまで就活を続けます。そして就職出来るまでの期間は失業状態と見なされ、一定条件を満たすことで失業手当を受け取ることが出来るようになっています。
そもそもデンマークでは、教育は国最大の投資と考えられていて、義務教育から高等教育に至るまで、教育費の大半は私たちの税金で賄われています。そのことからも、教育と労働市場は、需要と供給の原則の下に密接に結び付いており、 デンマークの教育の最終目的は、その時代に社会が必要としている適正な人材を、バランスよく提供することだと言えるでしょう。人的資源の育成を教育が担い、労働市場はその人的資源を最大限活用する、これがデンマークの社会基盤とも言えるのです。
日本で教育を受け、デンマークで子育てをし、両国を往復しながら働いてきた私、そして現在縁あって日本の教育機関で教鞭を取っている私。この私の中には、いまなお大きく異なる両国の教育のありようや働き方が共存しており、互いに問いかける日々が続いています。