つらい介護からやさしい介護へ
3.「やさしい介護」に利用できる便利な道具

介助する人の負担を軽減するために、必要に応じて、便利な道具を使いましょう。 道具といっても、市販されている福祉用具に限らず、私たちの身の回りには、利用できる物がたくさんあります。まずは、それらを活用することからはじめて下さい。
1)身近にある便利な道具
■ 声
日本の介護施設などでは、大勢の利用者の介護で忙しいこともあり、利用者とほとんど会話することなく黙々と作業するスタッフや、「これから〇〇をします」という確認に似た声かけをするスタッフが多いように見受けられます。
もし介助者が、声かけで相手を上手に誘導し、介助される人が自力で動ければ、それがベストです。「何もかも介助者がする介護」から、「できることは介助される人にもしてもらい、介助者はそれをサポートする介護」へのシフトです。「〇〇をしてください」「次には○○をしてみてください」といった声かけを心がけましょう。
ただ、相手にしてもらいたい行動をはっきり言葉で表現するのは、結構むずかしいものです。自然な動きを取るためには、身体のどこをどう動かせばよいのか。介助者は、常々それを考えながら、言葉で表現する練習をしてみてください。二人のコミュニケーションも、「やさしい介護」のたいせつな道具の一つです。
■ 手
手も使いようで、とても便利な道具になります。 例えば、ベッド上にズレた姿勢で横たわっている人の位置を直すようなとき、相手の身体の下に手の平らを上にして入れ、体重移動で引くと、じゃまな摩擦が軽減されて、滑りやすくなります。 また相手の立ち上がりを介助するときなどに、相手の手を握る際、普通に握るのではなく、腕相撲の握り方にすると、相手もおのずと自分の腕力を積極的に使うようになります。
■ 滑り止めシート(使いたい摩擦をつくる道具)
介助される人に手足を踏んばってほしいとき、足裏や手のひらの下に滑り止めを敷くと、その部分の摩擦が強まり、あまり力がなくても踏んばりやすくなります。
安価で便利な道具としては、100円ショップなどでも購入できる絨毯の下に敷く樹脂製滑り止めシートでしょう。これを適当なサイズに切り、写真のように使います。
ただ、これを長時間敷いたままにすると、身体を自由に動かせなくなるので、介助作業が終ったら、すぐはずしてください。
■ スライディングシート(じゃまな摩擦を軽減する道具)
ベッドに横たわっている人を動かすとき、身体がマットレスなどに触れている部分に摩擦が生じます。このじゃまな摩擦を軽減させるためにまず考えたいことは、接触エリアを少なくすることです。
  1. 出来るなら、介助される人に膝を曲げてもらう
  2. 出来るなら、腰を少しだけ浮かしてもらう
  3. 手で踏んばることができなければ、両手を上で組み、腕をマットレスから離してもらう
ただ、これでもまだじゃまな摩擦が、頭部・肩回りなどに残っています。このようにどうしても摩擦が残ってしまう部分には、滑りやすいシートを敷きます。 手頃な物では、サラサラ滑りやすいタイプのプラスチック袋(ゴワゴワしていない大き目のごみ回収袋)などが使えますが、市販されているスライディングシートはとても滑りやすく、耐久性もあり、何回でも使えるのでお勧めです。 近年日本でもかなり普及してきており、福祉用具販売店や通販でも購入できます。
デンマークの介護現場では、このスライディングシートが施設や在宅介護で広く利用されています。もともとはヨットの帆に使われている両面テフロン加工がほどこされた布で、これを150cmx65cm程度にカットしたものです。これを二つ折りにして使うと、さらに滑りやすくなり、どの方向にも動かせて非常に便利です。
■ バスタオルやシーツ
できるだけ前かがみにならず正しい姿勢で介助できるように、手の延長に道具を使うことを考えます。手軽で使い勝手が良いのは、薄手で大きめのバスタオルやシーツです。
使い方の例:
  1. ベッドに横たわっている人を二人で上へと移動させるとき(上方移動介助)、介助される人の臀部あたりにタオルかシーツを沿わせ、ベッド両脇から布の端を引く
  2. ベッドに横たわっている人の上半身を起こして、ベッドの端にすわってもらうとき(端坐位介助)、介助される人の足首にバスタオルを巻き、タオルを引きながら足をベッドから下ろす
2)介護用電動ベッド
日本の介護現場にも、電動ベッドがかなり普及してきました。電動ベッドには、リモコン操作でベッドの高さを調節したり、ヘッド部分だけ起こしたり、フット部分だけ動かしたりできる機能が付いています。また多くの介護用ベッドには、キャスターが付いているので、ベッドの位置を動かすことも可能です。
ただ日本の介護現場では、利用者の安全や利便性を高める目的でこれらの機能を利用することはあっても、介助者の作業をしやすくする(身を守る)ために活用するという考え方が浸透しているとはいえません。 電動ベッドに備わっている多くの機能をよく知って、これを「やさしい介護」に役立ててください。
ヒント:
@ ベッドに横たわっている人を介助するとき
自分があまり前傾にならない姿勢で作業できるように、可能なら自分の腰骨あたりまでベッドを上げる。そこまで上がらない場合は、できるだけそれに近い高さまで上げる。
  1. 介助のたびにいちいち高さ調節するのは、面倒くさいのでは?

それをしないで、いつも前傾姿勢で介助すると、あなたが腰痛持ちになります。

デンマークの介護スタッフは、施設ケアでも在宅ケアでも、ベッドサイドの介助時には、かならずベッドの高さ調節からはじめます。


A ベッドに横たわっている人の上半身を起こす介助のとき
ベッドのヘッド部分をある程度上げると、前傾姿勢にならず、相手の上半身を持ち上げることなく、ラクに起こすことができます。
3)リフト
人を人力で持ち上げない「やさしい介護」は、持ち上げるという垂直な動きを、引く・押す・回転させるなど水平な動きにかえることを考えますが、全介助が必要な人などの場合、どうしても水平方向の動きにかえられないケースがあります。そのようなときに利用されるのが、介護用リフトです。(デンマークの介護現場では、移乗介助の約1割でリフトを利用しているといわれています。)
日本でも、近年つらい介護脱却・腰痛をなくそうという動きの中で、リフトを設置する介護施設が徐々に増えてきましたが、広く普及・定着したというレベルまでには至っていません。 その最大原因は、大勢の高齢者の介助を限られた時間枠でこなすことが要求される介護スタッフにとり、「リフトを使うと時間がかかる」ということ。また以前から、「人を機械で吊るし上げるなんて冷たい」と考える人が多いことも、リフトの普及がなかなか進まない要因です。
デンマークの介護現場では、リフト介助が必要と判定された利用者には、必ずスタッフがリフトを使用して介助しており、その間、利用者とスタッフが会話を楽しむ余裕も生まれます。
介助者が不安げに作業していると、介助される人も不安になるものです。リフト介助をする人は、繰り返し練習して、操作に慣れることが肝心です。リフトの使い方をしっかり学べば、介助する人、される人、お互いに無理せず、スムーズでラクな移乗介助ができるようになります。
リフトには、大きく分けて、3つのタイプがあります。
@ 床走行型リフト:最も一般的、複数利用者の移乗介助に使える
A 天井走行型リフト:天井に設置されたレールのエリア内で自由自在に動かして使える
B 立ち上がり式リフト:立位が可能な人の移乗に利用できる

床走行型リフト


天井走行型リフト
介護センター居室で利用


立ち上がり式リフト
使い方を学ぶ介護職員