つらい介護からやさしい介護へ
2.「やさしい介護」の基本的な考え方

1)人を人力で持ち上げない!
人を「よいしょ」と人力で持ち上げることは、身体に非常に大きな負担をかけ、腰痛など身体障害の原因になるので、デンマークでは重量制限を設け、ある一定以上の重量の物や人を人力で持ち上げることを禁止しています。 まず、デンマークの労働監督局が2004年に作成した持ち上げるときの重量制限の目安を見てみましょう。
持ち上げるときの重量制限の目安
(デンマーク労働監督局ガイダンス、2004年)
この図は、人力だけで持ち上げてよい重量(緑色)、持ち上げると危険な重量(黄色)、そして絶対持ち上げてはいけない重量(赤色)範囲を示しています。 身体に密着して持つとき(a)、身体から上腕離れた距離で持つとき(b)、腕をさらに伸ばした距離で持つとき(c)では、身体にかかる負荷が変わるので、重量制限も変わります。
人を介助するときは、よく腕を伸ばす姿勢を取ります。その状態で持ち上げても問題ないのは3kgまでで、絶対持ち上げてはいけないのは、15s以上です。 15sといえば3歳児ぐらいの体重なので、体重がもっとある幼稚園児や、ましてや大人を抱き上げることは、腰痛の原因になり、それを毎日何回も行うことは、極力避けなければなりません。
デンマークでは、保育園でのおむつ交換時などに、保育士が子どもを抱き上げたり、無理な姿勢を取らなくて済むように、この写真にあるような高さ調節可能なおむつ交換台の設置が、義務付けられています。
保育園に設置されている高さ調節可能なおむつ交換台
では、大人を人力で持ち上げずに介助することは、可能なのでしょうか?

答:
はい、いろいろ工夫すれば、可能です。持ち上げる動きは、垂直方向の動きですが、これを出来るだけ水平方向の動きにかえて介助します。 水平方向の動きには、押す・引く・回転させる動きなどがあります。

(さまざまな工夫は、別の項でご紹介します。)
2)自然な動き
介助する人も、される人も、できるだけ自然な動きを取るように心がけましょう。 自然な動きとは、日常私たちが何気なく取っているラクな動きのことです。
人は歩くとき、普通は右足を一歩前に出せば左手を前に、左足を前に出せば右手を前に振っています。それは、これが身体をひねらず、バランスよく歩くためのベストな動きだからです。ただ歩くスピードや姿勢は、年齢や個人差があります。また同じ人でも、その日の体調により歩き方が違ってくるでしょう。
このように、自然な動きには、だれにも共通する動きもあれば、個人差のある動きもあります。「やさしい介護」では、自然な動きが取りにくくなった人にも、できるだけ自然な動きになるように誘い、その人のテンポに合わせることを心がけます。また介助する人も、できるだけ無理のないラクで安全な動きで介助することを心がけます。 これも、自分と相手をいたわる「やさしい介護」です。
3)介助される人の積極的な参加をうながす
寝ている赤ちゃんを抱くと、ずしんと重たく感じませんか? それと同じように、介助される人が、受け身の姿勢で、介助する人にすべてを任せてしまうと、たとえ小柄な人であっても重たく感じられ、実際に負担が増して、つらい介護になります。
また介助される人が残っている身体機能を使わないでいると、機能はどんどん低下し、次第に出来ていたことが出来なくなってしまいます。これは自立度の低下=ライフクオリティーの低下を招き、大きなマイナスです。
介助される人が動けば動くほど、身体機能を維持することができ(これだけでもトレーニングになります)、介助される人が積極的に参加すればするほど、介助者の負担も軽くなります。このようなウィンウィン状態を作ることを考えましょう。
どうやったら、介助される人に積極的な参加を促すことができるのですか?

答:
まず介助される人に何ができるかを考えましょう。物をつかむことができるか、身体を前傾にすることができるか、膝や肘を曲げることができるか等々、探してみると、結構たくさん出てくるのではないでしょうか?それがわかったら、そのようなちょっとした動作を、介助される人に「してください」と声かけをして促すか、言葉が通じなければ、介助者の身体で相手にサインを送ることを考えます。

(詳細は、別の項でご紹介します。)
以上3つが、やさしい介護で最も大切な3原則ですが、このほかにも、いくつかの物理的な原則に着目します。
4)摩擦 (じゃまな摩擦と使いたい摩擦)
椅子にすわっている人やベッドに横たわっている人を動かそうとすると、椅子やベッドに接触している身体部分に摩擦が生じて、動かしにくくなります。このような摩擦は「じゃま」なので、「やさしい介護」では、このじゃまな摩擦をできるだけ減らすか取り除くことを考えます。
ベッドや布団に横たわっているとき、身体に強く圧が掛かっている箇所
人の身体は凹凸があるので、上向きで横たわっているとき、身体の背面全体に圧が均一にかかっているわけではなく、強くかかっている箇所もあれば、すき間が空いている箇所もあります。この圧が強くかかっている箇所に生じる摩擦を軽減させる工夫をします。
また、介助される人が手足を少しでも踏んばってくれると動きやすくなる場合は、逆に、摩擦を強める工夫をします。ちょっとした小道具を使うと、これがラクにできます。 (詳細は別の項でご紹介します。)
5)「てこ」の原理 (良い「てこ」と悪い「てこ」)
「てこ」の原理は、皆さんよくご存じだと思います。
てこ を使えば、100 kg の物体を 5kg の物体で持ち上げることができる。
人の移動・移乗介助をするとき、人の身体が「てこ」になり、それをうまく利用すれば、かなりラクに人を動かすことができます。しかし、逆に、介助者が自分の身体を「てこ」にして、かえって身体に余計な負担をかけてしまうこともあります。それは、悪い「てこ」なので、気をつけましょう。
悪い「てこ」の例:
車いす利用者が長時間すわっていると、だんだん臀部が前方へとズレて行くことがあります。そんなとき、もとの姿勢に戻そうと、介助者が車いす利用者の後方から両手を相手の脇の下に差し入れ、胸部のところで手を握り、「よいしょ」と相手の身体を持ち上げながら臀部を後ろへと引いて姿勢を直す介助をしている風景を、日本の介護施設などでよく見かけます。この場合、介助者の身体が「てこ」になり、車いす利用者の体重と自分の上半身・頭・腕の重量すべてを1点(腰椎)で支えて持ち上げることになります。 このとき腰椎にかかる負担は、数百キログラムにもなるといわれ、これを日々何回も繰り返せば、腰痛になってもおかしくありません。
6)傾斜
傾斜面では、物は上から下へと動きやすくなります。この原理を利用して、ベッドに傾斜をかける工夫をする、あるいはベッドから車いすへ移乗するとき、ベッドと車いすの高さを少し違えて傾斜をつけると、水平方向の動きがラクになります。 (この原理を応用した介助法は、別の項でご紹介します。)
7)覚えていてほしいその他のポイント
  1. 前かがみの姿勢や身体をひねる姿勢は身体につらく、腰痛の原因になります。
    人を介助するとき、前かがみとひねる姿勢をできるだけ避けるためには、
    • 介助する前に、じゃまなものを取り除いて、できるだけ相手に近づく
    • 介助者は、自分が動いているとき、自分の両足と鼻が同じ方向を向いているかを
      確認する(同じ方向を向いていれば、身体をひねっていない)
    • 安定した姿勢(両足を広げ、片足を一歩前に、ひざは軽く曲げて)を取り、
      ゆっくり、腕力でなく体重移動で介助する。
  2. 介助される人、する人にとり危ない/不快なことはしない
    • 脇の下に手を入れないように
      (脇の下に他人の手が入って快適と感じる人はいません!)
    • 相手の首に手を回さないように
      (むち打ちの危険性、首に手を回されると何もできず受け身になる)
    • 介助される人のベルトやズボンをひっぱらないように
      (自分がやられてみると、いかに不快かわかります!)